最終更新日:2026-06-25

正負の数でつまずくのは、なぜか

計算方法を知らないからではない。
日常言語では分けていた「状態」と「変化」を、数学では同じ記号で表すからだ。

このページの主張

正負の数でつまずく原因は、計算方法を知らないことではない。日常生活では「状態」と「変化」を別々の言葉で表現しているのに、数学ではその両方を「符号付きの数」という同じ記号で表す。この対応の切れ目に、生まれて初めて足を踏み入れることが、つまずきの本質である。

算数と数学のあいだで、切れる対応

小学校までの算数は、生活経験の延長にありました。リンゴを数え、お金を計算し、長さを比べる。子どもたちは日常の経験をもとに、数を理解してきました。

引き算は「リンゴを2個あげる」など、正の数を引いていました。

ところが中学1年の正負の数で、初めてその対応が切れます。

日常生活で負の数は「氷点下3℃」「地下3階」のように、状態を表す言葉として使います。しかし、負の数を足したり、引いたり、掛けたりする経験は、日常生活にほとんど存在しません。

同じ言葉、かろうじての区別

「地下3階」も「2階上る」も、同じ「階」という言葉を使っています。ただし、「上る」「下りる」という動詞によって、状態(地下3階)と変化(2階上る)は自然に区別されていました。

また、子どもたちは生活経験の中で、

  • 3階から5階へ行く → 2階上る
  • 5階から2階へ行く → 3階下りる

といった経験を通して、「上る=増える」「下りる=減る」という対応を、ぼんやりと身につけています。

気温の「上がる・下がる」も、同じ構造です。

比喩の限界

気温や地階といった比喩が教育現場でよく使われますが、これらは「負の状態」を説明することはできても、「負の演算」を説明することはできません。「氷点下3℃」はイメージできる。しかし「氷点下3℃から氷点下2℃を引く」を気温で直感することは、日常経験として存在しないのです。

なぜ学校の指導では解決しないのか

こうした状況に対して、学校では次のように指導します。

数直線を書きましょう。途中式を書きましょう。マイナスとマイナスを掛けるとプラスになります。

これらはすべて、数学の世界に入った後の方法論です。

算数の「足す」

増やす・合わせる——リンゴが5個あって3個買う、これを表す動詞だった

算数の「引く」

減らす——リンゴを2個あげる、これを表す動詞だった

数学の世界に入ると、「足す」「引く」という言葉自体は残りますが、その意味が変わります。家に5個あってリンゴを3個買う、リンゴを2個あげる。これらを表すとき、+(足す)・-(引く)を使ってきました。

ところが数学に入ると、数そのものの性質が変わります。算数では「量」だけだった数が、数学では「向きと量」を持つ数になるのです。

数直線は、この「向きと量」を目に見える形にしたものです。

すなわち、まったく新しい世界です。

その世界観がないまま数直線を書いても、手順の一つとして処理するだけです。

世界が変わったことに戸惑っている子に、新しい世界のルールだけを教えても、本当の理解にはつながりません。

方法論 = 数学の世界に入った後の手順
世界観 = 「向きと量」という、その手前にある見方

方法論は、その世界が見えるようになって初めて意味を持ちます。世界観が見えていない状態で方法論だけを教えても、手順の処理にしかならず、本当の理解にはつながりません。

正負の数でつまずくのは、能力の問題ではありません。生まれて初めて、生活経験では理解できない「数学専用の世界」に足を踏み入れたからです。必要なのは暗記でも反復でもなく、その世界の見方を身につけることです。

では、その新しい世界では、「足す」「引く」はどのような意味になるのでしょうか。
「単なる量」から「向きと大きさを持つ量」へ変わった数を、北川式ではどのように理解するのでしょうか。

北川式正負の数へ →

よくある質問

正負の数でつまずく本当の原因は何ですか。

計算方法を知らないことではありません。日常生活では「状態」(氷点下3℃、地下3階)と「変化」(2℃上がる、3階上る)を別々の言葉で表現しているのに、数学ではその両方を「符号付きの数」という同じ記号で表すことになります。この対応の切れ目に、生まれて初めて足を踏み入れるからつまずくのです。

気温や地階の比喩で正負の数を教えるのはなぜ不十分なのですか。

気温や地階の比喩は「負の状態」を説明することはできますが、「負の演算」を説明することはできません。「氷点下3℃」はイメージできますが、「氷点下3℃から氷点下2℃を引く」を気温で直感することは、日常経験として存在しないからです。

数直線を書く指導だけでは、なぜ理解につながらないのですか。

数直線を書くこと自体には意味がありますが、それは「向きと大きさを持つ量」という新しい世界観を表現するための手段です。その世界観がないまま数直線を書いても、手順の一つとして処理するだけになってしまいます。世界が変わったことに戸惑っている子に、新しい世界のルールだけを教えても、本当の理解にはつながりません。

正負の数でつまずくのは能力の問題ですか。

能力の問題ではありません。生まれて初めて、生活経験では理解できない「数学専用の世界」に足を踏み入れたからです。必要なのは暗記でも反復でもなく、その世界の見方を身につけることです。

執筆

北川誠二

個別指導塾TOMAS現役講師・北川塾主宰・認定心理士

中学受験4教科と高校受験の国語・数学を指導。中受算数で培った比と面積の感覚、国語・数学を同時に指導することで見えてきた「問題文読解と数学得点の直結」を解説に活かす。解法のパターン化・ルーチン化は、認知科学におけるチャンク化・手続き記憶の概念と直結する。認定心理士としての知見が、このアプローチの設計根拠になっている。

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